母の葬儀を父、姉、私で行った時の思いです。葬儀、葬式の悲しい時にも滑稽な出来事はあるものです。

父の思い出と葬式
父の思い出と葬式

父のサンダルと葬儀、葬式

冠婚葬祭を経験する回数は年齢に比例するとは思いますが、葬儀や葬式といった喪に関するものは出来れば多く経験したくはないですね。残念ながら私は、40代で喪主を2度務めることになりました。とても辛い経験です。
母が亡くなったのは私が32歳の時です。
結婚して家を離れていた私は、夜中に姉からの電話で起こされました。タクシーに乗り、母の入院先を告げるだけで、あとはこれから起こるだろうことを思って涙が止まらなくなりました。ここから先は、よくテレビの2時間ドラマで見たような展開ですね。お医者さまからのお話を聞き、病院の霊安室に母が移されました。すごく寒々しい所です。
このシステムはなんとかしたほうが良いですよ。せめて自宅に運ぶまでは、温かいベッドに寝かせてあげて欲しいと思いました。

葬儀のことは、何から手をつけたら良いのか分かりません。システマチックに病院が葬儀社に連絡をしてくれました。我が家は手狭ですので仮通夜から告別式まで、すべてを葬儀社のセレモニーセンターの部屋をお借りすることにしました。朝になると私たちは母を残して自宅に戻りました。親戚に連絡をするためです。
初めての葬儀は、バタバタとすることがたくさんありました。お寺への連絡やお花の準備、頭の中がごちゃごちゃです。

ですが父や姉がおりましたので、皆で力を合わせて頑張りました。本当に悲しい時には泣く時間もないのだなと、私は思いました。
ですが、どんなに悲しいことの中にも滑稽な出来事というのはあるのですね。母の告別式の時に、遺族席に父、姉、私と私の夫、子供たちが並んで座ったのですが、父の足元を見るとサンダルなのです。
落ち着いているように見えても父も動揺していたのでしょう。私も姉も同じです。
誰も父の履物に気がつきませんでした。まあ、この際仕方ないかなと葬儀を続行致しました。

そして次に、喪主の挨拶の時に父がどこかに消えたのです。
どうやらトイレだということは分かっているのですが出てきません。まあ、この際仕方ないかなと、姉と私で何とか挨拶をして告別式を終えました。葬儀や葬式といった悲しみの場面でも、何やら滑稽なことはあるものです。
いま思い出しても冷や汗がでます。